◆◆レッツかぎ針◆◆

#8「思春期」

まずは茶色の糸で顔(?)の部分を丸く編みます。手法はおたまと同じ。


で、わた詰めて......


茎を緑色で編みます。乙女も恥じらう途中の形状。


これは花びら。頭の途中までみたいのを6個つくります。


合体させて顔つけて完成。先生をしたう三兄弟も歓喜の表情。


「では、授業をはじめます。夏目漱石が......」。




こちらは「ゾウ」。ごらんのように目は縦でした。


あー、こびてますこびてます。


こんな感じの耳がオプションとしてついています。耳、上めだと「ねずみ」っぽく......


耳、横めだと「ゾウ」っぽい。


申し訳程度のしっぽもつけておりました。
























実はこんなものも......「ふたまた」の実験作「もの想う下半身」
ゆうべのことは恋。それとも......
慢心。

はじめて出展したデザインフェスタでの成功に気をよくしてすっかり「おたまじゃくしのあみぐるみの第一人者(せま)」気取りの私。

冷静に考えてみれば、もともと私はあみぐるみ練習の手始めとして「高森熊」をつくるはずだったのに、そのときたまたまできた「おたま」の反響に引っぱられるかたちで 南無編み駄物とばかりに「修行の手芸」路線を歩むことになったのでした。もちろんそれは意義のあることでしたし、そのことを通じていろいろな方と交流ができたことはなによりの収穫でした。

当然今後もソレはソレとして続けていくつもりでございますが、当初の志ってのは「奥様の趣味」を超えた「新手芸」の確立だったはず。それがどうだい。すっかり奥様方と仲良くなっちゃってさぁ、まったくどうなんだい、タカミヤ!......などと思ったりしていた日々もあったのですよ。

まぁ、近ごろはすっかりいいかげんにやっておるわけなのですが、今回ご紹介するものモノどもは、そんな私の当初の「志」が消えていなかったころに、新たなキャラクターの模索としてつくったやつらなわけです。

かぎ針で行うあみぐるみというのは、通常「球」「円筒」「円錐」等の形状でパーツをつくり、それらを組み合わせて作ります。かなりシンプルな構造なのでだれでも簡単に制作できるわけなのですが、反面、手法が限られているが故に革新的なものが生まれにくいとも言えます。気をひくモチーフ。あみぐるみ界の新参者としては、そこにポイントがあると考えました。

時期としては「おたま三兄弟」の直後。いわばあみぐるみ人生の思春期ともいえるその頃、行儀良くまじめなんてクソくらえと思った私は とにかく奇抜な題材を模索しつつ、行く先もわからぬまま盗んだバイクで走りだしたのでありました。


◆ ◆ ◆



で、「ひまわり」です。

これはお察しのとおり「おたま」の応用です。「本来顔のないモノを擬人化する」という試みも兼ねております。

立たせるために茎の下を広く編んでみたものの、実際やってみると、まぁなんというか毛糸というのは意外とやわらかいもんですなぁ。......いや、全く立たないわけではないのです。立たせるためにえらくテクニックが必要なだけです。

それだけに立ったときには喜びもひとしお。ずいぶん凛々しく見えました。威厳を感じるその立ち姿が、古きよき時代のガンコ先生を思わせたことから「フラワー先生」のネーミングとなったわけです。


茎のなかに針金を入れようかとも考えたのですが、結局なにもせぬまま友人のナオツカにコーヒー1杯で譲ってしまいました。現在、先生はナオツカの劇団LEDの受付として頑張っているようです。

ちなみにこのEDという劇団では毎回公演のたびに劇中におたまを登場させてくれています。フラワー先生のモチーフである「ひまわり」のように、劇団も大きく伸びてゆかれることを陰ながら祈っております。

......すいません。無理やりまとめました。


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お次は「ゾウ」です。

計画段階では間違いなくゾウをつくろうと思っておりました。
三兄弟制作中、おたまに耳をつける作業のなかで

「ん? ゾウ、いけるな」

というひらめきがあったのですが、よくよく考えるとそれは「顔」だけの話。ここまで私は動物の「身体」をつくったことがなかったのです。

こうなると頼みは高森先生。ぶっちゃけた話、体は「高森式プレーンテディ」そのままであります。

で、つくってみるとそんなに難しくない。途中で別色の糸に変えてみたりの小技などもテスト。体はパクりで万全。やはり悩んだのは、ある程度考えていたはずの顔のほうでした。


まず目。このときには試みとして縦棒の目にしてみました。

つくっといてこんなこというのもナンですが......
ちょっとコビすぎかな......と。
男の手芸道に反するかな......と。
これっきりこの目はつくっておりません。


そして耳。これは悩みました。

実際、耳のつけかたでずいぶん印象変わりますし。「ゾウ? ネズミ? それともアリクイ?」ってくらいに。

で結局、つけないままにしました。逃げました。無理やり説明を加えるとすれば、あえて途中でやめることで受け手が可能性を模索する余地を残そうという現代美術的試みなわけです。いや、ほんとにほんとに。名前はアートっぽく「可能性を秘めた生き物」とつけました。


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で、まあ、これらを作った後の正直な感想としては

「おたまがベスト」

という結論でした。

おたまじゃくし。モチーフ的に特異、かつ親しみやすい。そのうえ構造がシンプルで作るのが簡単。変にイロイロ作るより、おたまをベースにバリエーションを増やし

「タカミヤ=おたま」

みたいなブランドイメージを固めたほうがよいのではないか......などと、書いていると、なんだかソロバンずくでイヤな奴って感じですが、当然、つくってる時点ではこんなにキチンとした考えがあったわけでなく、なすがままにやってきて、あとで考えてみたらそういうことだった、という話。そんな脳味噌があればいまごろもっと大儲けしてるはずですって。


◆ ◆ ◆



今回は時間軸を無視して私の「編み思春期」のブツをご紹介したわけですが、こうしてふりかえってみると、よりよきカタチを求めて試行錯誤してる過程にこそモノづくりの醍醐味があるような気がいたします。

「おたまつくってみましたがタカミヤさんのような味がでません」

時折こんなメールをいただくことがあります。ありがたいお言葉に

「だろ?ムフフ...」

などと勘違いするようなこともないとは申しませんが、ここは私、ニヤける口元をひきしめあえて申し上げたい。

「そーじゃないでしょう!」と。
「みなさん目を覚ましてください!」(by小川直也)と。

たとえお手本と違っちゃっても、それこそがあなたの味。
オルタナ手芸と、ひらきなおってしまえばよいではないか。
キテレツだって、つくり続ければ道となるのです。


  編んで、編んで、恥編んで
  そのむこうにみえてきた
  ほんとうの手芸


......ハッ、イカン! また説教モードに入ってしまった!

次回「有明再び」につづく!

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