0〜1歳 育児だよ
育児。人類が重ねてきた歴史。育児への道。

ここに出てくる主なタイトルは…。

ぐにゃぐにゃ ぺこぺこ(32)
原始反射(33)
サイン(34)
新たなる欲求(35)
安心は口から(36)
寝かしつけだよ 前(飛翔)編(37)
寝かしつけだよ 中(昇竜)編(38)
寝かしつけだよ 後(鳳凰)編【終】
寝返りも、するよ(40)
ハイハイだよ(41)
イタイ、タイ(42)
さびしさと寝ハイハイ(43)
かわいいって、なんだろう?(44)
いつでも なんどでも(45)
…それでは、お楽しみ下さい。


シリーズ 子供について考える 2002/03/24更新(^o^)(32)
ぐにゃぐにゃ ぺこぺこ


 赤ちゃんは、お腹にいたとき、へその緒からその栄養や酸素をもらっています。 酸素は、成人にたとえると、酸素マスクなしでエベレストに立つのと同じくらいなんだそうです。 それぐらい「うすい」んですね。ですから赤ちゃんの赤血球は、酸素を効率よく吸収するため成人の「2倍」なんです。 それが、赤い顔としてあらわれてるんですね。

生後しばらくすると、この赤い顔がしだいに落ち着いてきます。赤血球の破壊が進んだんです。そのため一時的に黄色の顔になる赤ちゃんもいます。 程度の差がありますが、黄疸症状としてあらわれたりします。

生後1ヶ月までの赤ちゃんを、新生児と言います。くびはすわらず、ぐにゃぐにゃ。身体の骨の多くが、まだ軟骨で、ぐにゃぐにゃ。
新生児は、ぐにゃぐにゃ。
頭頂部は、まだ骨がくっついてない部分があり、ぺこぺこ。 あたまはぺこぺこ。

男性諸君。あたまが、なぜぺこぺこかと言うと知ってますか? 出産時に一番せまいところが、産道です。 そこを通過するのに、あかちゃんは、頭の骨と骨を重ね合わせて小さくする。それがぺこぺこの原因です。 うまれてしばらくは、いびつな頭で当然なんです。いろんな頭のあかちゃんがいます。とがったり、斜めったり。でも、いいんです。

ドーナツまくらって、ありましたよね。頭の絶壁を防止すると。いまは、あまりやらないそうです。この時期、頭の下にまくらすると、 ゲロしたとき気道が確保しにくいんだそうです。


キミよ、ドーナツまくらは、やめろ。


シリーズ 子供について考える 2002/03/27更新(^o^)(33)
原始反射


 こどもは生まれたときから、いろいろなサインを出しているよ。 手の平を触ると反射的に、にぎる。身体を支えて立てると、脚を動かして歩こうとする。 教えもしないのに、乳首を吸う。これらを、原始反射と言うそうだ。

 さて、そんなことを知っても、実際に、この目の前で泣き叫んでる子を眠らせるにはどうしたらいいんだろうと思う。 はじめは、どんなことで泣いてるのかわからない。わからなーい! 寝せてほしー!と真夜中にぶつぶつ言うのが、大人のわれわれなのです。 視力について、まあ、個人差があります。うちの場合は「見える」「観てる」まで、3週間ほどかかりました。

◎次回は、赤ちゃんが出す「サイン」について記録してみましょう。

キミよ、赤ん坊のサインを、盗め!


シリーズ 子供について考える 2002/03/30更新(^o^)(34)
サイン

「あかちゃんが泣く。困ったなあ。どうしたらいいんだろう。」


 あかちゃんは泣きます。泣いて当たり前なのです。初めは「泣きやますには、どうしたらいいのー!」 とあせりました。そして、最近は「泣くのが仕事なのだ」とぼくは思うようになりました。 あかちゃんは、泣いていろいろなことを知らせます。なぜ?

 それは、身体の能力がまだまだだから。筋肉もすくなく、骨もまだ軟骨が多く、 神経もやっと連絡をとりはじめたばかり。 そして、その「欲求」を知らせるのが「泣く」ということですね。こう書いていると「そんなの、あたりまえだろ」と言われるでしょう。 でも書かせて下さい。前提は「男性諸君にわかりやすく」なのです。キミよ! 押 忍!

そもそも、欲求とはなにか?
うちのこの欲求は、生後1ヶ月までは、6つのものでした。

1)ミルクが欲しいよ。
2)おむつをかえてね。
3)遊んで。
4)鼻くそだよ。
5)ゲップ出して。
6)寝たい。

 6つしかないのです。だから、わからなかったら、全てチェックしてみる。チェックマン。 つかれたときは、文句を言いたくなりますが、全てチェックしてみる。チェックマン。 欲求の種類が、だいたい判明したときから、つとめて観察することにしました。

 すると、しぐさや泣き方に、少しずつ違いがあることに気づきます。観察してみる。観察マン。 初めは、当て推量になりますが、うまくわかるときは、グー! こころなしか、あかごも「やるじゃん」という表情に見えてくる。 この「しぐさ」や「泣き方」は個人差があると思います。うちのが参考になるかわかりませんが、書いておきましょう。

1)ミルクが欲しいよ。
一番激しく、泣きます。長く、連続して泣きます。子のくちびるを、指でちょんちょんとすると「あぐっ」と食らいついてくる。これもサインです。

2)おむつをかえてね。
ミルクの欲求より、若干弱いトーンかな? 泣き方は、とぎれがあります。不快を思い出すのかわかりませんが。しかし「おむつサイン」がてっとりばやいですな。 →おむつサインとは、紙おむつにある機能で、水分をふくむと、絵柄などの模様が、おむつに浮き出てくるものです。

3)遊んで。
サインとしては、すぐにはじめたわけではありません。目がしだいに見えてくるようになってからでしょう。それは、抱き上げると、興味深く、抱いた人の顔を、見つめつづけるのです。

4)鼻くそだよ。
息苦しいのです。音でわかります。泣き方ではなく、泣きと同時に鼻音が「ブヒブヒ…ブヒブヒブヒ」と。この音が、鼻くそだよと。

5)ゲップ出して。
これは、サインというか。その状況なんです。
抱き上げて、寝たなと思い、横にしてあげる。すると泣く。ゲップが出たのに? なぜ? 初めは、わからないから、またあやす。寝たなと思い、横にしてあげる。すると泣く。 つまり授乳ののちに上記のようなことが起きると、例えゲップを出したとしても、まだゲップがある。ゲップだしてくれ!ということなのです。

(寝たなと思い、横にしてあげる。すると泣く。)×∞Times = キビシー!

6)寝たい。
むずがって、泣きます。でも、ぼくは、正直わかりません。どんなサインがあるのか。観察中・観察中・観察中…。

そして、最後の手段は…。
うたうたってる? うたうんだよ。あかちゃんは発語できないけど、聞いている。以前、お腹にむかってうたえって、オレ、言ってたでしょ。さあ、うたうんだよ。
あやすんだよ。おぼえてるんだよ。


キミのうたを、うたえ!


シリーズ 子供について考える 2002/04/20更新(^o^)(35)
新たなる欲求

 現在生後、2ヶ月と少々。こどもの成長は、ものすごい速度でおきています。身長や、頭の大きさや、体重の増加。 ツメのサイズの変化や、ツメの伸びの早さ。ほとんど無かった眉が、次第に濃くなる。 手のひらは、堅く結ばれていたのが、次第に開き、少しずつ柔らかくなります。 表情にも変化があらわれ、表情の筋肉が発達してきたことをしめしています。

 笑う回数が増えるんですね。「笑う」は、あごやその周辺の筋肉が発達して出来るもの、なんだそうです。 生まれて1ヶ月の赤ちゃんを新生児といいます。新生児は「そら笑い」というのをするんですね。 前後の脈絡もなにもなく、ニマッとほほえむのです。人によっては「天使のほほえみ」と言うのだそうですが。一瞬するのです。 この「そら笑い」が、疲労困ぱいしている自分たちを、いくぶんか救ってくれる。それが新生児の頃です。

 生後2ヶ月になると「新生児」から「乳幼児」と呼び名に変わります。泣くという行為や、おっぱいや、哺乳ビンから飲むという行為。 それらが、表情筋肉に発達をうながし、一瞬の「そら笑い」を「笑う」にしたんですね。そして泣くという行為は、腹筋をきたえるんですって。 お通じを助けているんです。良く泣かないあかちゃんには、便秘になやむ子もあると。
男性諸君。ここまでわかったかな。押忍。
こどもの欲求を前回記しました。全部で6つ。

1)ミルクが欲しいよ。
2)おむつをかえてね。
3)遊んで。
4)鼻くそだよ。
5)ゲップ出して。
6)寝たい。

さて、このごろわからないことがでてきたのです。上記の6つを満たしても泣くのです。どうして?つまり

1)ミルクのんだばかりだよ
2)おむつはまだまださ。
3)だっこしたって、泣きたいよ。
4)鼻くそ無いよ。
5)ゲップは無いさ。
6)寝たばかりだよ。

 そして、もう残された道は、観察するしかありません。泣いている姿をじっとみつめる。6つ以外の欲求。新しい欲求か。 ぼくの奥さんが言いました「手をなめたいんじゃないの」と。そうか。観察するオレ。

 一見、ばたばたしている両の腕。その右腕が、大きく弧を描きながら、目指そうとするところ。…どうやら口である。 その右腕は、関節や筋肉の使い方がうまくゆかない。顔に近づき、そして遠のき、そして、泣くのである。 時々、げんこつをなめることに成功する。すると泣きやむが、また腕は、あらぬ方向へと、旅立つ。

 手伝うと、なめられるが、泣いてしまう。自分自身でなめたいのである。それは、自我が芽生えてきたということ。 右手のげんこつは、どこへ行くかというと、鼻のあたまや、おでこにぶち当たるのである。
そして、泣く。


キミも、観察しろ!



◎次回予告:手をしゃぶろうとする欲求に、劇的なことが…。


シリーズ 子供について考える 2002/05/05更新(^o^)(36)
安心は口から

子は、3ヶ月となりました。


 ご機嫌もあれば、不機嫌もある。人間だれしも気持ちは、うつろいゆくもの。 赤ん坊は、大人とかわらず目まぐるしく変わります。ご機嫌な時は、いいでしょう。気持ちにも余裕がありますから。ものごとに興味があり、意欲的で、建設的です。

 いっぽう、不機嫌なとき、泣く。泣く。泣く。なにをしても解決できない時があります。お気に入りな、おもちゃも、だっこも無力に。 あやせど、あやせど、泣きやまず、天を仰ぐ。

 いままで、泣いてサインを出していたあかちゃん。それまでは、だっこしたり、おっぱいで安心を得てきたんです。 ここで、さらなる欲求。自分自身の手をなめようとするんです。でも、確実にはなめられない。なめても満足はしません。
 育児書によれば、出産後、栄養と安心は「口」からやって来たと。さすれば、手をなめようとするのは、自身で安心したいというあらわれですな。きっと。 そして、それは、自分の身体を確認するゆいいつのすべが「手をなめる」ことなのだと思います。 「これは、あらたに、必要なものが…」と考えました。

 そして、あるとき、ベビーショップで買いました。おしゃぶりです。 おしゃぶりがいいのか、わるいのか。おしゃぶりについては「うけぐちになる」と言われたことがあり、今まで買わないでいたのですが、不機嫌対策に決定打がなく、ついに買いました。 ヌーク社製おしゃぶり。どうだろう。

 そして夕方。不機嫌タイムに突入! おしゃぶり出動。くわえる。結果は、…ムニャムニャ。そして、涙の顔は、にんまりと笑顔。…いいじゃないか!おしゃぶり。 それは、チャンネルが変わった様に、ギアチェンジの様に、劇的でした。とつぜんの、ゴキゲン。すごい。すごすぎる。おしゃぶり。おおおお!


キミ! おしゃぶりで、いいんじゃないかな。


◎次回予告:寝かしつけだよ!


シリーズ 子供について考える 2002/05/12更新(^o^)(37)
寝かしつけだよ 前(飛翔)編

 諸君「寝かしつけ」だよ。 子は眠りに入るとき、むずがるんです。「むずがる」とは、泣くんです。泣いて「寝たい」という欲求を知らせるんです。 なぜか? どうして? …寝たいのなら、泣かずに、すんなり寝てくれればいいのに。

「寝かしつけ」ということ。それは、とても重要なこと。 この「寝かしつけ」がスムースに決められた時は「ああ、やった! よかったなあ」とまるで一仕事終え、プロジェクトが完了した気持ちになる。 これがうまくいかないと、そこはストレスの海が待っている。そういう感じ。一日が終わらず、あやしつづけるのです。

 最近まで、ぼくはうたを歌って「寝かしつけ」をしていました。犬のおまわりさん。それは効いたんです。なにせ、5ヶ月くらいから、おなかにむかって歌っていたので。 しかし、その歌が効いたのは新生児(生後1ヶ月)がいいところだったな。それ以後は、効くには効くんですが、うまくいかない時が、多くなりました。 なにごとにも100%は無い。人間のすることに100%は無いのであります。

そんなある日、健康組合の冊子を読んでいました。そこにはこんなことが書いてありました。「夜泣きに、無言療法」と。その一部を紹介しましょう。


〔夜泣きに、無言療法〕

最近は、赤ちゃんにことばかけましょうとすすめられていますが、夜泣きで困っていたら、しばらく黙って笑顔だけ見せてあげることを試みて下さい。 赤ちゃんは、ことばかけされると 理解しようと神経を使い、感情をつかさどる神経が興奮します。ことばのかけすぎにご用心。
愛育病院名誉院長 内藤寿七郎


むむむ。そうなのか。言葉をかけない時間が、必要な時があるのか。はじめ、この医者の記事を、ぼくは笑った。まさか。 でも、しかし、…ふむう。もしかしたら、この上記の記事は、きっと、ぼくにヒントを与えているかも知れない。そう思った。



キミも、まわりを見渡せ。ヒントが待っている!

◎次回予告:寝かしつけだよ 中(昇竜)編


シリーズ 子供について考える 2002/06/01更新(^o^)(38)
寝かしつけだよ 中(昇竜)編

無言とは、どうしたらいいのか。オレは、しゃべらずにいれるのか。無言療法とは…。どうしたらいいんだ。

 ぼく、お風呂に毎日いれるのです。それは子の新陳代謝が著しいからなのです。大人よりも、早く、大規模に、新陳代謝が行われています。 日々、風呂にいれるのです。なまけて「今日はつかれたから…」と日を空ける。すると、それは不機嫌による長時間の大泣きが、待っています。

子は、喃語(なんご)を言うようになりました。
喃語とは「うー」「やー」「んまんま」などの音を発することです。


 ぼくは仕事を終えて帰り着くと、子を風呂に入れます。風呂が、子とのコミュニケーションの場です。 すでにベビーバスは卒業し、大人と一緒に入ります。いままでぼくは、風呂で話しかけをたくさんしてきました。そんな毎日でした。
 さて、ためしにその風呂で「無言」をしてみることに。ザバザバと洗う。洗ううち、しゃべることに慣れてきた自分が、苦しくなってきました。 何か、言いたい。言葉をしゃべらずに…。子は、不安な表情をしています。やはりいつも話していた人間が、しゃべらないのは不安なようです。 泣くきそうだ。泣く。泣く。

 ぼくは、くちびるを閉じた状態から、思わず、すばやく空けてみました。すると「ンッパ!」と音がしました。子がニマッとしました。これはいける。この「ンッパ!」という音のみで コミュニケーションをとりつつ、風呂を済ませました。翌日も、翌々日も。

 風呂のあとは、授乳し、寝かしつけます。その寝かしつけ。「無言」をしてみることに。しばらく笑顔をしてみました。しかし寝ません。そこでこの「ンッパ!」という音のみで コミュニケーションをとりつつ… ぼくは寝てしまいました。すると、子も寝ていました。むむむ。 これは! 親が寝ると、子が寝る! これは!
自分の中に、あるひらめきが…。



キミも、「ンッパ!」と音を出せ!

◎次回予告 寝かしつけだよ 後(鳳凰)編


シリーズ 子供について考える 2002/06/13更新(^o^)(39)
寝かしつけだよ 後(鳳凰)編 【終】

 子の手をにぎると、安心し落ちつきます。それはなぜだかは、わかりません。ぐずっていたのが、時として、いくらか落ちついたりします。 誰にもおそわってないのに、赤子みずからする行為。この「原始反射」という行為は、生後約6ヶ月まで脳の中心活動になるのだそうです。

 無言療法という考え。そこから得たヒントは、言語を出来るだけ、かいさないということ。 くちびるを閉じた状態から、すばやく空ける。すると「ンッパ!」と音が。この「ンッパ!」という音のみで風呂を入れる日々がつづきました。 これは、厳密に考えれば、言語的と言えるとおもいますが、これをつづけることによって変化が出てきました。

 それは、子が長く寝るようになりました。ぼくらの子にだけ、効いたのかもしれません。結果として、ぼくたちの子は、いままでより長く寝るようになりました。 実際は、成長過程と偶然一致したのかも知れませんけどね。

…そして「寝かしつけ」におきた出来事。「親が寝入ると、子も寝入る」という現象。床屋で、話すと「うちもそうでした」と。 そして、抱っこして寝付くこともあれば、いつまでたっても寝ないときもあると。 ぼくんちだけでない。ぼくは、ひらめきました。

 その日。いつもの寝かせる時間。ぼくは、子供に添い寝をして横になりました。子の手をにぎりました。 そして、顔を思い切り近づけて、寝息をたて、寝たふりをしました。…約5分間かな…。時間の頃を見て、子をのぞき込むと、寝ていました。 見事!寝ていました。やっぱり。

これは、ぼくの推察にすぎません。しかし、この「寝息を聞かせる」寝たフリはその後も、絶大に効き、今も続けています。なぜか?

 ぼく、寝かしつけとは、「疲れさせて、寝させる」とか「気持ちをそらして、寝させる」と思いこんでいました。それは全く間違いでした。 疲れていれば、寝ますね。普通そう思いますし、実感します。しかし、疲れは「寝る」という結果を引き出しますが、そのあいだにある 「寝かしつけ」に必要なことは、決して「疲れ」 ではない。そう確信します。

 ぼくは、重要なことを見落としてました。喃語とは、言葉というより、音の抑揚、そしてリズムで形成されています。 ぼくが、歌を効かせて、その歌の意味はわからずに子が感じてるのは、旋律です。つまり、音の上げ下げ。そして、テンポ。 抱っこして寝るのは、ぬくもりや、一体感。そして「ゆれ」です。ゆれとは、テンポであり、リズムです。

 みなさん、リズムです。ぼくが言いたいのは、リズムなのです。 リズミカルにしたり、テンポを変えたりして、お腹の中にあるときのリズムを思い出させてくれる。そうぼくは、推察しました。 お母さんの心臓や、呼吸音。臓器がモコモコする。それらをマネする。たとえば「寝息をたてて聞かせる」とはそういうことだと確信しました。 そうです。寝たフリ。出来ますか。約5分間の寝たフリ。寝息を聞かせて。



キミ!寝息だよ。寝息!

寝かしつけだよ【終】

シリーズ 子供について考える 2002/07/27更新(^o^)(40)
寝返りも、するよ

子は、生後5ヶ月をすぎました。

 子供は、どんどん成長しているよ。身長や、体重は順調に進んでいる。普通なのだろうけど、昨日できなかったことが、突然出来る。 劇的な変化だよ。できなかったかったことが、出来る。 それは、うれしくもあり、安全性を考えていかなければならないと思ったり。

寝返りをはじめました。そして反対へも、寝返りが出来るようになりました。ゴロゴロ。自分ではもどれないから、泣く。するとまたゴロゴロ。 ミルクをもどして、ゲロゲロ。もどしてやると、すぐさまゴロゴロ。ころがることをやめない。ころがらずには、いられない。

喃語(なんご)は、ひとつだけ意味がわかりました。それは「あぶぶ」というもの。これは意味が2つ。1つは「おしゃぶり」そしてもうひとつの意味は「おなかへった」

 先日、ツベルクリン反応に行ってきました。たまたま奥さんが頭痛ひどくて、時差出勤のぼくが行こうと。子をつれて市の福祉会館にいきました。いって、名前かいて、説明きいて、 ならんで、処置をしてもらったんです。気まずかったですね。スタッフも、医者も女性で、会場に成人男性は、ぼくしかいませんでした。きまずかった。最後に「保護者の胸部レントゲンをとります」といわれたん ですが、主婦の列を見て、帰りました。

 そして、数日前。子が音をだしました。それは、長い音でした。あくびのようでしたが、あれは、あくびではなく『ため息』でした。親の姿をみてまねたんでしょうか。ため息をした記憶は そんな無いんですが、マネするってことだから、そうなんでしょうね。ミルクを飲み終わった時、風呂で下湯をあびせた時、絶妙な間で「ふあ〜」と。なんかショックです。


キミも、ため息、する?


シリーズ 子供について考える 2002/08/25更新(^o^)(41)
ハイハイだよ

 こどもが生まれて、6ヶ月になりました。いましがたミルクをあたえ文章を書いています。 いろいろ大変では、あります。でも、こうして寝ている子の顔を見ていると「ああ、うれしいなあ」と思います。

 1人で生活していた自分は、自分勝手で、従うことをきらい、物事に対して、いつもあらだてる行動が、好きでした。 自分には、説明しようがない怒りにも似た衝動が、自身の中にあって、いつもイラだっていました。そして、どうしたらいいのかわかりませんでした。 孤独感だけが、味方にも思えました。

 いま、それは、大きく変化しています。子がいて、自分がいて、妻がいて。自分の時間は、ほとんどなくなりましたが、満たされる思いがあります。 「自分は、ひとりではないんだ」と思います。それがぼくにとっての幸せです。

 生後6ヶ月と3日目。こどもは、ハイハイをしました。ぼくたちは思わず拍手をしました。最近では、部屋を出ないよう座布団で、土手をつっています。 しかし、それもだんだん乗り越えようとする勢いとなりました。よだれを流しながら、ハイハイをしています。



シリーズ 子供について考える 2002/11/13更新(^o^)(42)
イタイ、タイ

 子は9ヶ月になりました。鼻風邪をひいたりしましたが、いまのところ薬のお世話にならず、とても元気であります。 自分の時間。1人の時間というものが無くなりました。それはそれで、幸せであります。 ふと考えると、人を育ててるという「実感」というものが、自分にはあるにはあるんですが、どちらかというと いっしょに遊ぶとか、離乳食を食べさせるとか、風呂で洗うとか。それは「実感」というより、子とともに「体験」する連続です。

 言葉はね、「いたい、いたい、いたい」と言います。それが、痛い時には言いません。どういう時に言うかと言いますと、 一人で遊んでる時に言います。「いたい、いたい、いたい」それが、全然痛くないのです。喜んで言います。笑顔で。

 たぶん、それは、寝てるときのことだと思います。家は畳で布団です。寝しなに子が「顔たたき」をするんですね。バシバシ。こっちはねむたくて「痛た、痛た」と言って顔をかくすのです。 それを覚えたんですね。それを、一人で遊んでる時に言うと。変な使い方をするのでちょっと困っています。「いたい、いたい、いたい」

 自分のことですが、ちょっとギックリ腰になりまして、先日まで整体に通ってました。整体は骨をバキバキならすんです。痛くないです。 スッキリします。で、数日あけると、またズレてるらしいのです。1ヶ月通ってキリがないので、自分で考えて腰痛対策をすることにしました。 縄跳び、体操をして、体重を少しずつ減らします。そしてウォーキング。子をつれて散歩することにしました。つづけられるといいんだがなあ…。



シリーズ 子供について考える 2002/12/18更新(^o^)(43)
さびしさと寝ハイハイ

 こどもは10ヶ月になりました。元気だよ。しゃべる。「てぃっ、てぃっ、たぁっ、たぁっ」と。 しゃべってんだけど、なにのこと言ってるのかわからない。でも、あいづちをしてあげている。 僕たちは、言語を使うけど、こどもが出しているのは「音程」に聞こえる。なにかの「アクセント」や、「音程」に、感情をのせているという風に僕には聞こえる。

 咆哮。叫んでいる時がある。なにか伝えたいことがあって、叫んでいる。「あ”〜ッ」と。わからない。でも、あいづちをしてあげている。

 人に「しゃべり出すまで」が良かったとよく聞く。なぜなんだろう? 言語を使い出す頃にかわってしまうのかなあ。 子を見ていると「人間は、みんなこんな出来事を経てきたのだな」と思う。「発達するってことは、いいなあ」と思う。そして「さびしいなあ」と思う。

 変化し続けるのが「人間」と知っている。そして、その「うつりかわり」を見ていると、喜びと同時に、さびしさがある。このさびしさとはなんだろう?
僕のとーちゃんや、かーちゃんは、この「さびしさ」を感じていたのだろうな。

 ああ、そうそう。ハイハイ。睡眠しててするハイハイ。つまり、眼をつぶって、ハイハイする。どこまでもする。壁にぶつかってもがく。それを布団にもどす。これの連続であります。 それを毎日。


シリーズ 子供について考える 2003/01/13更新(^o^)(44)
かわいいって、なんだろう?

 友人たちに「こどもは、いいよ」とか言われた。それはまだ、ぼくが一人もんだった時。「いいよ」と言われてもなあ。わからなかったあ。 かわいいんだろ? それくらいだろ? そんな印象。どこが、どう「いい」のか想像できないなあって。まだ、つきあってる人もいなかったし、こどもなんて、わかんないなって。

 こどものいる友達と飯を喰ってたんだ。僕は「こどもが大きくなったら、離れて行くんだぜ」と話した。その友人は「まあね」 とか言って、さらさらとしてたんだ。さらにぼくは「知らない男を連れてきて…結婚するって…そんで」と連ねたら、「いいじゃん。やめてよ」って。 そいつは、さびしそうに、そして、ちょっと怒ったんだよ。

 これには、ちょっと驚いたなあ。温厚な友人だったので。そうか。これが父親の気持ちなのかって。その友達の反応を観て、想像した。

そんな気持ちにさせる「こども」ってなんだろう? 不思議だったなあ。

 いま、ぼくにはこどもがいて、男の子なんだ。かわいい。なんだろう。「かわいい」という言葉を使うけど、もっと違う言葉があるのかもしれない。 「かわいい」んだけど「はかない」と言うか「せつない」と言うか。それが混ざって、ぼくの口からは「かわいい」と言う。そんな感じ。


シリーズ 子供について考える 2003/02/14更新(^o^)(45)
いつでも なんどでも

 はじめての誕生日。子供は2/6で、1歳となりましたよ。ケーキを食べて、楽しいものでしたよ。 餅を背負わせるという話も聞きました。でも、それはやりませんでした。1本のローソクの火を、何とか消して「おめでとう」と。

 子が、拍手をするようになった。手のひらを打ち合わせる。感情の動きにあわせて拍手。笑って、拍手。不満いっぱいで泣きながら、拍手。 なんでなんだろう。うれしくない時も拍手する。泣いて手を打つ姿をみると、笑ってしまう。するといっそう泣く。いっそう手のひらを打ちあわせる。 なんでなんだろう。そんなことは、教えてないぞと。

なんでなんだろう。どうしてなんだろう。もしかしたら、嬉しいときでも、悲しいときでも、サンバ! みたいな。そんな拍手なのかな。



いかがでしたか? つづきはトップページでお会いしましょう!


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